夫:アダム ウエストン
ニューヨーク、マンハッタン生まれ。
両親、祖父ともにアーティストという芸術家一家に育つ。言葉を話す前から、キャンバスを与えられ、筆を持てる前から指に絵具をつけて絵を描いていた。スタジオの中に漂っていた父の油絵の具のにおいの感覚を未だに覚えている。父親はアダムが誕生する前、銀座にしばらく仕事で住んでいたこともあり日本の芸術品を数多くニューヨークに持ち帰っていた。そのひとつに、その後のアダムの将来に強く影響を与える、木彫りの河童のお面があった。ひょうきんな面持ちながら、なぜか言葉にならない寂しさを窺わせていたなんともいえない魅力のあった河童のお面。この河童の存在がのちのアダムの将来に強く影響を与えることになろうとは家族のだれも考えてなかった。
5歳の時、両親が離婚。母親とともにヨーロッパ、北アフリカを旅し、チュニジアで夏を過ごす。6歳のとき、旅行先のポルトガルでトラックにひかれ重傷を負うも九死に一生を得る。以後、成人するまで足の長さを調節するため数回の大手術を経験。幾度の入退院を繰り返した末、人に対する思いやりの心を悟る。
母親と父親の両方を行ったり来たりの生活が始まる。8歳になると、母親に連れられアメリカ最北端の街、メイン州へと引っ越す。マンハッタンとは180度違った自然以外何もないようなメイン州、イーストポートという島での生活。そこで、アメリカ中から渡ってきたアーティストたちによるコミュニティーでの新しい生活が始まった。ミュージシャン、染色師、絵描き、写真家。。。たくさんのアーティストと大自然に囲まれての生活。ものが十分に無いメインでは、なんでも手作りがあたりまえ。誕生日やクリスマスになると心のこもった手作りプレゼントを交換しあい、たくさんの愛情を受けてのびのびと育つ。そんな生活も2年で終了。メインの冬の厳しさは、シングルマザーの母にとって想像を絶する過酷なものだった。再びマンハッタンの大都会での生活にもどる。
11歳の時、父からもらった北斎のポスターに一目ぼれ。部屋に貼って毎日眺めては日本に対しての好奇心が膨らんでいく。
18歳まで一人っ子。その後、母が再婚し弟が誕生。
マンハッタンのアートスクールを経てグラフィックデザイナーとして活躍。自分に合う女性を見つけるため、焦らず39歳まで独身で過ごす。そんなある日、幼き頃の思い出、河童の存在を知っている日本人のチズと出逢う。その後結婚。
ニューヨークでの結婚生活から1年後、チズの実家高松でなんと河童の作品を展示してみないかと声がかかり、数日後には会社も片付け、1ヶ月後には日本に移住していた。
長い間憧れていた日本。ひょんなことから日本での面白生活がスタートした。
アダム&チズについて
NYでの新婚生活も1年を迎えようとしていた2003年のある日、日本から一本の電話が入る。
アダムが日本人とコミュニケーションを図るために描いていた河童のイラスト。その何とも言えないニューヨーカーアダムの目から見て表現される河童たちが面白いと認められ、個展を開いてみないかというお誘いだった。
アダムはその場で即“OK”の返事。決断を下したのも早かったが行動も早かった。40年分の荷物を一切片付け、身辺整理をしてその一ヶ月後には日本行きの飛行機にふたり乗っていた。ただただ、心の声に素直に従った。
そこからアダムとチズの新しい人生の始まり。NYを勢いで飛び出したものの、日本でどのようにして生計を立てていくかの計画も全く白紙状態。お互いのこれまでの人生をリセットして、ここから夫婦、力を合わせての人生がスタート。
2004年4月NYアートスタジオ設立。
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